2026年3月8日日曜日

暮らしていく

 3月4日(水)

妻がジムがお休みなので、二人で散歩。

阪神今津駅の明石焼きの店でランチして、阪神西宮駅へ移動。

ウォーキングしながら、酒ミュージアム(白鹿記念館)へ。京都の丸平文庫の雛人形も多く展示されていた。


隣接する酒造館も見学。西宮の酒蔵通を何度か散策したが、これらの記念館訪問は初めて。


帰りに、アンリ・シャルパンティエ酒蔵通り店で洋菓子と珈琲。物価高の今としては洋菓子もそれほど高く感じない品質。酒飲みで、甘党の私たち夫婦には適している店のようだ。


阪神西宮駅の百貨店で夕飯の食材を買って帰宅。


3月5日(木)

妻は大学時代の友人とランチのため大阪へ。私はシクロクロスで以前から気になっていた「尼崎のびのび広場」まで走ってみることにした。ポタリングで「尼崎の森中央緑地」を何度も訪れているが、この広場の存在をインスタで知った。

阪神尼崎駅から県道57号線をひたすら南下。道路沿いには工場、集配センターが多くあり、まさしく工業地帯。大型トラックも行き交い、とても車道を走れる雰囲気ではないが、途中まで歩道に自転車道がありそちらにエスケープできる。


「尼崎のびのび公園」到着。



小高い丘の上に東屋があり、休憩できるが、なんとなくポツネンとした雰囲気。雑草は刈られているが、遊具は鉄棒など賑やかしみたいな存在。




平日とはいえ、誰もいない。埋め立て地の南端なので、空き地も多い。


それでもシクロだと草地で遊べるし、壁当てで持参のボールでいつもの左肩スローイング。


帰宅後、この公園を検索してみると、2025年12月から2036年までの期間、BBQエリアやドッグランなどの整備を伴う民間管理運営が計画されているようだが、工事にとりかかる様子は現時点では見られなかった。


その計画が実現すると有料エリアになるので、立ち入ることはできなくなるのかな。


帰路は武庫川河川敷を北上。満開のしだれ梅。


40kmほどポタリング。


3月6日(金)

路線バスで宝塚の図書館へ。何冊か本を借、清荒神参道の食堂でおでんと瓶ビール。

いつもの和菓子屋さんで蓬餅などを購入。ちょっと値上がりしていた。原価高騰のためなのだろう、どの商売もたいへん。でも、たぶん状況はより悪化していくような予感もする。


宝塚駅までウォーキング。途中、宝塚ファミリーランド跡地に一部に設けられた庭園で草花を眺める。


https://www.youtube.com/watch?v=5HT-pTbCDpI&t=430s


この動画で話されていることに、とても共感した。

でもこの人のサイト、めちゃかっこいいね。


夕食後、長男・次男らとLINEで順延していた私たちの老後(主として経済面,相続面)についての家族会議日程を調整。今月中旬に我が家で開催することにした。


その際に、姉の相続関係の手続きについても息子たちに相談する予定。

世の中がどんどん悪くなっていき、国家が筋違いの方向に進む予感があるので(外れたらいいけど)、最後の防衛線は家族や気の置けない友人たちだろうなと思っている。

個々は強くなく、私たちも老いるので、友愛の情をもつことのできる家族や友人を持てていることは、少しは心強いものがある。



3月7日(土)

散歩の日。ウォーキングで西北ジュンク堂へ。新刊のチェック。


雑誌ユリイカを立ち読み。

新刊を眺めていると、椎名誠氏がとても老けていたことに驚いた。80歳を越えると、さすがに老いが急速に進むのだろう。


西北から路線バスで阪神西宮駅へ。そこから自宅まで歩いて帰ることにした。

今津駅近くの居酒屋で、瓶ビール大とオツマミでひと休止。昼飲みの客で賑わっているが、カウンターでひとり飲むビールも旨いものだ。


武庫川河川敷など歩いて帰宅すると、スマートウォッチの歩数計は2万歩以上をカウントしていた。


雑誌ユリイカの創始者伊達得夫が夭折した原口統三の「二十歳のエチュード」を発刊した人だと知って、国会図書館デジタルコレクションで検索。

「詩人たちーユリイカ抄」(1971年)が、送信サービスで閲覧可能なので、読み始めた。


二十歳の頃は、だいたい世の中や家族に反発して生きているので、読書傾向も夭折した人々の作品を読むことが多く、とくに「二十歳のエチュード」でのランボーの描写は、沈みゆく夕日のような美しさを感じた。

そして50年以上経って、原口統三の草稿を世に出した編集者の本(伊達は1961年に40歳で亡くなっている)を読める時代になったのは、やはり喜ばしいことだろう。


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